IE9ピン留め

この話はドイツ語誤用に関する記事になります

昨日ドイツ語ネイティブと話してる時に聞いて壮絶にショックを受けた話。
なので自分用備忘録。

日本語の「ごめんなさい!!」に該当するドイツ語での文句は Entschuldigung!! で、これは多分地球の歩○方にも書いてあるのですが、元は entschuldigen という動詞。
更にこの動詞の語源は「schuldig (有罪である状態)」を「ent- (除去の意味を持つ前つづり)」することにあるのです。要は「罪を取り除く」ということ。
この語源から考えると、罪を取り除くことが出来るのは当然被害者側、ということになるので、「Bitte entschuldigen Sie mich! (あなたが)私の罪を取り除いてください!(←ど直訳Ver.)」という命令文になるのは日本語でも考えりゃわかりますよね。


しかし最近ネイティブスピーカーの間でも "Ich entschuldige mich!"という言い方が盛んに用いられるそうなのです。
これは直訳してしまうと「私が私を許します!」というすさまじい自己解決。
この用法も既に定着してしまっているようで、独独にも独和にも書いてあるのですが、やはりネイティブ(で頭のいい人)からすると「…?」という気持ちも無くは無いようだ。

というかこの使い方、私も今まで死ぬほどしてきた…。いや、間違いじゃないんだけどさ…。

あまりのショックに先ほどネットを漁っていたら、このことについて書いてある記事がありました。
これ(ドイツ語ページ)
この中に書いてあるお話。

ある生徒がゼミの発表にもかかわらず20分遅刻し、先生や他の生徒は全員彼を待っていたらしい。
そして遅刻して来た生徒が放った一言。
「お待たせして申し訳ありません! "Ich entschuldige mich!"」
すると先生が
「なんて便利な言葉なんだ!じゃあ私はそれ以上することがないじゃないか!」と。
生徒がうろたえながら「え、何がですか?」と先生に聞くと、
「君が自分自身を許した事についてだよ!私は君の事を簡単に許すつもりは無いし、他のゼミ生だって確実にそうだろう。でも君は先手を打って自分自身で『それ』をしたじゃないか!」
生徒「…何を僕はしたんですか?」
先生「だから、君は自身を許したじゃないか」
それでも全く意味のわかっていない生徒は、
「え?じゃあ、僕は謝らなければ良かったんですか?皆様を20分もお待たせしたのに!」と答えるというコントのような一幕があったそうな。
さすが大学教授、目の付けどころがシャープですね。
さしあたって私は教授的意見を日本語においてはぐだぐだ言ってるタイプ。

ネイティブでさえこうなんだから、私が今までそれを使ってても仕方は無いし、「ich entschuldige mich」という言い方が辞書にも記されてる以上、それはもう間違いでもないのです。
でも、言葉の由来を実は既に知っていながら、それでも「ich entschuldige mich」という使い方をしていたことに対して穴を掘ってでも入りたい気持ちになったので、今後はこの使い方をやめようと心に誓いました。

言葉って難しい…。

# by liliebaby | 2012-01-24 17:42 | ドイツ奮闘日記 | Comments(2)

バーゼル!

に行ってきました!3泊4日!
主目的はバーゼル在住ましゅーの修演です。
マインツからバーゼルは意外と乗り換え無しEC3時間と、とても交通の便が良かったために即決。
色々バーゼルで満喫したので、かいつまんで書くと…

ワインと肉類を大量に抱えてのバーゼル入り。
駅までお迎えに来てくれたましゅーと合流し、一年半ぶりのバーゼル。
荷物をましゅーの家に置いた後、ましゅーがホールでリハをする傍ら、私はカフェテリアでネットしたり、久々に会う先輩と話したり寝たりしながら本番を待ちました。
本番はコンバス修演にも関わらず、5曲中2曲を知っているというミラクル。
色々マニアックな曲に舌なめずりしまくり。
いやー、面白かった!来て本当に良かった!
普通だったら絶対に聴く機会すら無い曲満載だったもんなぁ…。

そして翌日はましゅーが授業の間バーゼル楽器博物館見学。
シャリュモーが展示されてないのに、何故かシャリュモーのサンプル音源はグラウプナーでした。
あると思ったぜグラウプナー!シャリュモーかヴィオラ・ダ・モーレだろうと思ってたが予想通り!
トロンバ・マリーナという謎の楽器も満喫。

この楽器博物館は元々牢獄だったようで、各展示室の入り口も展示室そのものも狭くて暗く、何とも言えない感がものすごかったです。
これが多分元々の牢獄の残骸。

マニアックな楽器だらけでとても楽しかったのですが、展示室に入った時のあの暗い嫌な感じだけは本当に勘弁してほしい。
その後学校が終わったましゅーと学内で落ち合い、日本語勉強中のスイス人を交えて家飲み。
私のリクエストにより、スイス人はスイスドイツ語を話してくれたのですが、向こうの質問にいちいち私が「今〜って聞いた?」って聞き返さないと不安なくらいスイスドイツ語は異次元でした。
私の可愛いMacBookのおかげでWiFi飛び放題になったましゅー家で、みんなPCやらiPhoneやらiPadやら好き勝手しながら楽しい夜は過ぎていきました。

そして3日目は突如ガチバーゼル人と一緒にバーゼル観光。
まずは日本人の皆様絶賛オススメだったマリアシュタインへ。

この修道院は本当にキレイでした。

その後突風にさらされながら見晴らしの良い小高い丘まで行くと、標識がまさかのフランス語オンリー。

スイス怖い…。
一緒に行ったバーゼル人は日本滞在経験もあって、日本語が非常に達者なため、日本語になったりドイツ語になったりしながら、ストレスフリーで会話出来ました。
ドイツ語を話してても要所要所「超」って言うスイス人素敵。
こんなに西洋人と苦労せずに意思の疎通が図れたのは初めてです。
Viva日本語。

帰りのECではひたすら爆睡で、「あ、次マインツだ…」とマンハイム停車中に思っていたのですが、次に目が覚めると「Mainz Hbf」と書いてある標識が目に入って、慌てて荷物引っさげて電車おりました。
危なかった…。

ということで楽しかった4日間が終了しました。

思わぬ楽しい出会いが満載だったバーゼル滞在は本当に大満足!!!
すぐにでもまたバーゼル行きたい!
しかしスイスドイツ語は本当にアメージングで、今まで私が勉強して来たのは何語だったんだろうと思うくらい何言ってるかわかりませんでした。
スイスに留学してる日本人すごい。
でもスイス人に「別にスイスドイツ語覚えなくても良いよ」と言われたのでこれからもきっと覚えません。
マインツに着いた時に、周りの人たちが話してることがわかる喜びと言ったらもう…。
標準ドイツ語万歳。

あっっっっっと言う間だった小休暇も終了したので、明日からまたマインツで現実と戦いたいと思います。

# by liliebaby | 2012-01-22 10:52 | ドイツ奮闘日記 | Comments(0)

eeeeeeeeeeeendlich!!

ドイツ語には「endlich」という言葉がありますが、これはただ「遂に、やっと」というだけでなく、そこに至るまでに長い時間がかかっており、それを待ちわびていた、というニュアンスが含まれています。
ということで、ようやく!!やっと!!学生になりました!!

今日から学籍登録出来るという事だったので、朝からせっせと学校に行って指定の場所へ行くと、担当のおばさんが必要書類が揃ってるか確認した後、更に別の担当者へたらい回し。
その担当のお姉さんが英語で何かと話し始め理解不能だった私は、ドイツ人に向かって「auf Deutsch, bitte」という暴言にも近い一言を放つ。
だって英語わかんないんだもん…。
そうするとお姉さんは「あー、ドイツ語の方が良かったのか!ごめんごめん、その書類(必要書類等が書いてある入学許可書)英語で(笑)」と。
ホント英語読むの大変でした、と苦情だけはしっかり言っておきました。
英語が世界共通語だと思うな!!!
そしてお姉さんに更に別の場所へ連れいかれ「番号呼ばれたらその窓口に行ってねー」と言い残してお姉さんは去りました。
担当者3人目。
さすが必要以上に担当が細分化されている国ドイツ。
そして窓口に呼ばれ、おばちゃんがPCで何やら入力するのを待つ事10分くらい。
「これが学生証兼定期ねー」と渡されたのは写真も何も入ってない紙っぺら(写真参照)。
まだG大の昔の紙学生証の方がマシな作りだった気がしなくもないがまぁ気にしない。
これでダルムシュタットでもフランクフルトでも行き放題なんだぜー!!
すぐ行くから墓の中で待ってろグラウプナー!!

その後でコピー機やら学食やらで使えるプリペイドカード購入して徒歩で帰宅。
意外と20分で到着しました。
近っ…。今まで気づかなかった…。

ということで、学籍登録を済ませたさっぱり感と共に、後4年しか残されていない迫り来るリミットに対する焦燥感がすごいです。
この焦燥感はあれだ、修士に合格した時の感覚に似ている。

最終窓口のおばちゃんに「4年後にまた博士出るかどうかこの窓口に言いに来てね」と言われた際に、「2年間延長できますよね?」とばっちり確認しといたので、多分6年いる気は満々なのですが、
今のままだと6年かかっても書けるかどうか危ういので、ちょっと腹くくり直してがんばろうと思います。
しかし明後日からはバーゼル。
よし、勉強は今月末からだ…。

# by liliebaby | 2012-01-17 02:02 | ドイツ奮闘日記 | Comments(2)

お買い物

デジカメ買いました!二代目!
5月にカメラを紛失し、シャッターチャンスを逃し続けること8ヶ月。
その間に夏も終わり、オクトーバーフェストも終わり、クリスマスマーケットも終わり、年越しも終わり…。

先日滞在していた友達にカメラの性能について問いつめまくり、結局予算の都合でかなりの妥協機種になりましたが。
電気屋でカメラ購入後、その場で包みをこじ開けてテスト撮影開始。
やっとマインツの町並みをカメラにおさめました。


これがドイツでも有数の大きさを誇る大聖堂。


後ろから。


ここはキルシュガルテンと呼ばれるメルヘンチックな建物の区域。
ドイツなのにかわいい雑貨屋が多数。

綺麗な曇天の中ルンルン撮影してました。
ドイツの冬に晴天は無い。

夜になって撮影してみたけど、中々の写りで大満足。
何しろ先代が4、5年前のカメラで夜になると何も撮れなかったから、最近のカメラなら何でも私は大満足になるのだろうが。

取りあえずカメラ入手にご満悦です。
しかしカメラの性能が良くなると、撮影者の腕の悪さがモロにわかりますね。
恐ろしや。
来週はこれで二度目のバーゼルを撮りまくってきてやるーー!!

# by liliebaby | 2012-01-13 06:31 | ドイツ奮闘日記 | Comments(6)

明けました

新年あけましておめでとうございます。
旧年中は大変お世話になりました。
本年もどうぞよろしくお願い致します。

ということで、ドイツで初年越ししました!
一人で日本酒とともにテンション高く年越す予定でしたが、マインツ在住のお友達からご招待を頂いて日本酒かついでパーティーに乱入してきました。
美味しいちらし寿司をごちそうになってドイツ人と共に日本酒飲みながら子供相手に本気でゲーム。
「Du bist dran!(君の番だよ!)」という実用ドイツ語を覚えました。ドイツで使ってね☆

その後隣人さんのパーティーにお邪魔し、ディスコと化した部屋で飲んで踊り、カウントダウンした後で外に出て花火。
あちらこちらで花火上がりまくってもはや煙で視界が悪いくらい花火。
日本じゃ売ってないような結構本気の花火を一般人が打ち上げまくってました。
そして花火見ながらまだ飲む。

飲み過ぎた私は途中離脱して、部屋に戻り、厚かましくも歯ブラシもらってパジャマ借りてお泊まりしてきました。
起きたら10時。
初日の出見損なった・・・。
っつかむしろ見たことねーよ・・・。

朝食をごちそうになり、町の真ん中でパレードがあるということなのでみんなでお出かけ。
パレードを見て可愛い女の子で目の保養をしたところでやっと帰宅してきました。
いやー、初越年inドイツ楽しかった!

2011年をさくっと振り返ると、
・・・語学学校を終えてからニートしまくってた記憶しかありません。
ひたすら部屋探ししてた1年でした。
年末になってようやく部屋も決まり、入学許可書も届き、やっと落ち着いて勉強が出来る環境が整った気がします。
ミュンヘンを離れたことにより、今まで一緒だった友達との別れもあったけど、その分新しい出会いもマインツでありました。
ブログを通して良い(飲み)友達が出来たのは本当に今年一番の出来事かも。
ブログやってて良かった(笑)

1月半ばに学籍登録をするため、いよいよ博士課程満了までのカウントダウンが始まります。
残された時間は後4年。
2年間延長出来るそうなので6年の可能性も大・・・。

4月に夏ゼメが始まったら語学学校もまた通い始めるし、いよいよ大学生活始動です。
2012年、実は大殺界ど真ん中ですが、大殺界なんてぶっ飛ばす勢いで頑張ろうと思います。
そしてそろそろお酒はほどほどにね!自分!

# by liliebaby | 2012-01-01 23:26 | ドイツ奮闘日記 | Comments(2)

Prozedur

ドイツ語にはProzedurという単語があり、英語のprocedureに当たる単語ですが、ドイツ語では特に「煩雑な、面倒な」手続き、という意味をもちます。
この言葉に端的に表されるように、ドイツでは何をするにも手続きが面倒。
あっちの窓口行ってこっちの窓口に行って、さらに窓口の開いてる時間が違ったり・・・、と日本人なら必ずイラっとすること間違い無し。
(というかこれでもドイツだから他のヨーロッパ諸国に比べればマシだと思う)
一回イライラしてぶち切れたら悟りの境地に入り、最早何事にも動じない強靭な精神力を手に入れられるのですが。

ということで、まさに「Prozedur」という言葉がぴったりの、大学の応募手続きをようやく終えました!!!!!
年またがなかった!!偉い!!
博士課程の応募には締切が無くて、書類が揃い次第即応募出来るのですが、まず日本の大学の成績を全て認めてもらうためのAnerkennungという手続きをしなくてはならない。
そして担当教授から、受入承諾書を記入してもらわなくてはならない。
更にその受入承諾書には研究計画を書く欄があるので、研究計画を決めなくてはならない。
更にその受入承諾書は学部事務局でサインしてもらわなくてはならない。
そしてついでにマインツ以外の場所で語学試験を受けた場合にはマインツ大学の語学センターでそれが適当なものであるか認めてもらわなくてはならない。
のです。

特にビクビクしたのが語学。
DSH持ってりゃ大丈夫ーと高をくくっていると、大学のHPにわざわざ「 マ イ ン ツ で DSHに合格していること」と書いてあってパニック。
まぁもう1回受けても多分受かるとは思うけど、また勉強しなきゃいけないのか・・・とか、でもミュンヘンだから(ミュンヘンは語学学校のレベルがと割と高い)大丈夫だよなぁ・・・とか、いやでもまた受けるとなったら・・・とか、鬱々としながら悶々と語学センターの事務局前で待つ事20分くらい。
自分の番になって「あのー、DSHミュンヘンでやったんですけど・・・」と相談に行くと、担当のおばちゃんが私の合格証書を見ながら「今のこの学長なんて言う人?」と。
「え?知らないです」と答えると「いやー、前の学長私友達だったのよー」というどうでもいい世間話から入り、「研究テーマは決まったのね?何?」と聞かれて、またグラウプナーの説明したりしながら色々話していると、
「このDSHの証明書があれば応募は大丈夫よー」と認めてくれました。
やったーーーーーーーーー!!!!!
二度とDSHなんかやらなくて良いんだーーーーーー!!!!!
担当者の言うところによると、DSHはドイツ国内で同じレベルにしようとはしているらしいのだが、やはり地域によって難易度の差が激しいらしい。
だからマインツ以外でDSHを受けている場合は、本人ときちんと話してドイツ語ちゃんと理解出来てるかどうかを担当者自身で確認してからじゃないと認められないのだそうだ。
ついでにやっぱりミュンヘンの私が通ってた語学学校は、しっかりしたところだから、ここ卒業してるなら大丈夫、とのこと。
鬼の宿題を課す伝統校に行ってて良かった。
ドイツの一般大に留学したい皆様はぜひミュンヘンのDkfAへどうぞ。

そして今日全ての書類を用意して、やっと応募できるーーー!!!と喜び勇んで窓口に行くと、何故か留学生課の窓口が空。
隣の窓口の人に「もう閉まったの?」と聞いたら「担当者が風邪引いて今日休みなの」と。
oh…。最後の最後まで…。

まぁ最終的には隣の窓口の人が預かってくれたから、これで問題なく応募出来ているはず。
終わったーーーーー!!!
むしろ学生生活は今からだけど。

これで1月には入学許可書が届くはずなので、入学許可書が届き次第学籍登録をすればようやく学生。
花の大学生(2年ぶり3度目)。

取りあえず年内に応募手続きが終えられただけ満足です。

それではみなさま、良いクリスマスを!

# by liliebaby | 2011-12-21 22:37 | ドイツ奮闘日記 | Comments(5)

引っ越しました

けしこがいなくなって寂しい毎日を送っています。

ところで先日大金を手にしました。
これ。




1920年代のハイパーインフレ時に発行された1億マルク紙幣と一千万マルク紙幣。
子供銀行並みの額面ですが本物です。
しかも両方合わせて5ユーロ弱。
安っ。
一応透かし模様は入っているものの、片面印刷で手抜きっぷりがうかがえます。
しかし世の中には1兆マルク紙幣が存在するらしいので、ドイツ滞在中になんとか入手したいものです。

そして現在新居です。
やっと、やっと、遂に期間貸しじゃない家の契約が出来ました。
もう引っ越しは嫌だ・・・。
IKEAで家具を選んで、けしこがドイツにいる間に大型家具の組み立てを手伝ってもらって、ちょっとずつ人間が住むような家になっています。
電気の契約も無事に済ませたし、引っ越しのドタバタにまぎれて口座が空だったせいで引き落とせなかったネット料金も無事に今日払ってきたし。
来週末頃にはレンジとオーブンが置ける台が到着するはずなので、それ組み立てたらキッチン周りも片付くはず。
断熱素材のカーテンも頼んだから極寒の部屋からもこれでおさらば出来るはず。
うふふふふふ。
しかしネットスティックの契約が2年間で、その間はプランも変えられないという事実が今日発覚し、ネットの契約に頭を痛めています。
ショップに行ってお兄さんに相談すると、「月にどのくらい使う?」と聞かれて少なめに答えたにもかかわらず「使いすぎwww」って言われる始末。
いや、でもネットないと日本語聞けないし・・・死活問題だし・・・。

そして肝心の学校の方は、先生が応募に必要な書類を私に渡したと思い込んでいらっしゃったようで、再び計画は頓挫。
もらってないってば、先生・・・。
年内に学生になるのは不可能ですが、なんとか早いとこ学生になれるようにがんばります。

# by liliebaby | 2011-12-06 03:18 | ドイツ奮闘日記 | Comments(6)

とろけるリートの夜

今日は待ちに待ったプレガルディエン息子、ユリアン・プレガルディエンのリートコンサート。
しかもこともあろうに入場料無料(ただし教会なので要献金)。
希望者は事前に電話予約を、とのことだったのですが、苦手な電話でもほいほいかけてしまうくらい楽しみにしていました。
いや、リートがそんなに好きな訳じゃなくて、私と同い年のプレガルディエン息子への興味だけだったんですが。

ケルンで一仕事終えてたくましくなって帰ってきたけしこと共に、カフェでティラミス食べた後でるんるんして教会へ。
元々教会の小さな一室で開かれるコンサートだったため、開演10分前に行くとほぼ満席。
仕方ないので空いていた一番後ろの席に座っていると、数分後に見覚えのあるおじさまと女性が隣に座りました。
え、この人、もしかしてバッハコア・マインツの指揮者では・・・。
話しかけようかどうしようか迷いながら、けしこに「この人バッハコアの指揮者だと思う」と耳打ちすると、けしこは何と突然彼に話しかけ始め、私が完全に( ゚д゚)となっていると、彼が言った言葉が理解出来ずに突然私に助けを求めるけしこ、にテンパる私。
ケルンに行ってもしや5回りくらい大きくなったのでは・・・。

そして開演時間になって息子と伴奏者が入ってきた瞬間、あまりのイケメンっぷりに卒倒しそうになった我々。
いや、所詮どこの国に行っても人間の思考回路は変わらないのです。
顔面だけで既にお腹いっぱいだったのですが、また息子が声を発した瞬間卒倒しそうになりました。
月並みな言葉でしか表現出来ないけど、声がまず素晴らしい。
そして歌唱力もすごい。
何よりドイツ語話者だから「リートを歌っている」というより、「ドイツ語で語りかけている」感じで、リート興味ない私が一気に魅せられました。
歌い手、というより語り部。
しかもイケメン2人。
もう贅沢すぎる時間でマインツに住んでて心底よかったと感動できたひとときでした。
きっと演奏者側もアジア人2人が観客にいたのはすごい印象的だっただろう。しめしめ。

そしてコンサートが終わってから、帰る前に私が今度はバッハコアの指揮者に突撃。
「大ファンです!!!いつもコンサート楽しみしています!!!」という一言を伝えることが出来て大満足。
突撃する勇気をくれたけしこありがとう。

コンサートが終わってから二人で駅前のスペイン料理屋さんでコンサートの余韻をつまみに晩ご飯。
最終的に相変わらずな会話の内容になってしまったのは気にしない!

いやー、しかし本当に素晴らしいコンサートだった。
彼は実は次の聖金曜日にはマインツでヨハネのソロをやるのです。
それが本当に楽しみ!
マインツ、小さい町だから大きいコンサートやオペラは無いけど、こういう小さい密度の濃いコンサートがいっぱいあって本当に幸せです。

ああ、リートがほいほい聞き取れるように、またドイツ語勉強するかな・・・。

# by liliebaby | 2011-11-07 08:12 | ドイツ奮闘日記 | Comments(2)

運命

注文してた本がどっさり届きました。
グラウプナー関連3冊。
1967年出版の本が普通に買えるとかVIVAドイツ。

文献読んでて気づいたのですが、グラウプナーがダルムシュタットに赴任したのが1709年、グラウプナー26歳のとき。
その301年後、26歳の私がグラウプナー研究のため渡独。
これは・・・運命・・・!!!!!!!

ということに胸を熱くしながら、安売りになってた子牛の肩ロースでステーキ作って美味しく完食しました。
人生初子牛。
肉柔らかいーーー美味しいーーーー!
まさかカツ丼の彩り用に買っておいたルッコラがこんなところで役立つとは。


そしてタンデムパートナー始めました。
最低でも週1でドイツ人と話す機会ゲット。
これで少しはドイツ語会話上達するかなぁ・・・。

# by liliebaby | 2011-10-19 03:55 | グラウプナー | Comments(0)

生還

先日の記事につけられたコメントに特定の友人を中傷する内容があったため削除しました。
コメントをつける際に「非公開コメント」にチェックを入れれば私しか見られないようになるので、その機能も必要であれば使ってください。

さて、1週間の愉快なミュンヘン滞在を終え、ようやく家に帰ってきました。

火曜日は後輩の家で春巻き食べたり彼女に切々とモーツァルトへの愛を語られたり。
あの語り口はまるでカンタータ部員がカンタータを最早番号で会話している時のテンションに通じるものがあり、誰でも好きなものに対してはそうなるのね、とちょっと安心。

そして翌水曜日はご両親滞在の最終日だったので、みんなで彼の大学見学に言った後ランチ。
というか工科大の綺麗さに全力で嫉妬。
キャンパスの中に池があって白鳥がいるとかどういうことですか。
くそう、工科大で私もキャンパスライフをエンジョイしたかった・・・。
エリート大学は国からの予算の出方が違う・・・。
そして昼に彼のご両親&従兄弟にボスニア語で別れを告げ(カンペ有り)、そのままミュンヘンのアジアンショップでお買い物。
私にとっても最後の夜なので彼のルームメイト達とパーティーだったので、インド人にカレーを振る舞うためにカレールーを購入。
家に山ほどあるから持っていけば良かった・・・。
その後キッチンで日本好きなインド人と花より男子のドラマについて熱く語り合いながら料理してたら彼の新しい同居人が続々登場。
彼女とのスカイプを終えたボスニア人もキッチンに合流し、「ちょっとビール買ってくる!」と友達と共に去り、帰ってきた彼らの手にはビールが1ケースありました。
案の定。
飲みながらしゃべりながら愉快に調理を終え、いよいよドキドキの食事タイム。
インド人は2人いたのですが、「どう?」と聞くと、「インドのカレーと全然違うけど美味しい!」と。良かったー。
ボスニア人はというと塩かけだしたので、「え、味足りなかった?」と聞くと、「いや、美味しいよー」と。
あいつ絶対味覚障害だ。
ちなみに新同居人にはイギリス人もいたので、日本のカレーのルーツの本場の人々がいたということになりますね。
世界は狭い。
その後別の友人も合流し、飲んで騒いでの大パーティー。
やっぱ私は酔うと英語を放棄してドイツ語しか話さなくなるな。
そして気づいた時には何故かボスニア人のベッドで爆睡中でした。
あれ、いつ部屋に帰ってきたんだ、というか何で部屋にいるんだ・・・?

そして今日は午前中に語学学校時代の別の友達と会うために、ミュンヘン大学がある地下鉄駅へ。
その駅に降り立った瞬間に、試験前にほぼ毎日図書館へ通っていた記憶がフラッシュバックし、パブロフの犬状態でテンション下がりました。
平日は19時頃から図書館が閉まる24時まで、土日は朝8時頃から、よくやってたよなぁ、自分。
そりゃ泥酔してもドイツ語しゃべれるようになるわ。
彼女とは最初の2ヶ月同じ学生寮の建物に住んでいて、実は初日にエレベーターの中で一緒になっていたのです。
同じクラスになって仲良くなったのは1ヶ月後だったけど。
そのとき彼女は私に何か話しかけていたらしいのですが、イタリア語を話しているので独り言だろうと思っていた私はガン無視。
彼女に今日「ねぇ、無視したよね、あのとき。ドイツ語わかってなかったの?」と聞かれてびっくり。
ごめん、ホントにあの頃は何も聞き取れなかったんだよ。。。

帰路はICEの中で爆睡したかったのに、二日酔いであんまり気分良くないところに、隣に座ったおばさんが座席でコロンを振りまいていたため、全力で電車酔い。
マインツに着いたら着いたで、いつも使ってる路線がなんと線路工事中のため今だけバスになっていて、意味がわからず、停留所で待ってる人に聞いてようやく事態を把握。
色々疲れた・・・。

出発前は「1週間って長過ぎるかな・・・」と少し思っていたのですが、いざ終わってみると全然足りない!
毎日懐かしい友達に会えて、懐かしいご両親にまで会えて、本当に楽しかったです。
お母さんが「うちの息子がゆりっぺと友達になれて本当に良かった」と何度も(ボスニア語で)言っていたのですが、それは私も同じ。
国を越えて文化的背景や宗教の違いも超えて、何故かお互い似た者同士。
何か多分、根本的なところが似てるんだな、と今回実感。
私にとってミュンヘンはとにかくあらゆる思い出が詰まった町。
今回の滞在で忘れかけていた語学学校の頃の記憶が甦りました。
苦労も鬼のようにしたけど、そんなことを忘れるくらい楽しいことが一杯あったなぁ。

実はまだ研究テーマが未定のせいで大学に応募も出来ていないのですが、もうすぐ冬ゼメスター開始。
勝手にライバル視しているボスニア人も学生生活を始めるので、負けないように私もがんばります。
夏休みは終わり!
今から肝臓が秋休みで私は潜り学生生活スタートだ!!

# by liliebaby | 2011-10-07 04:00 | ドイツ奮闘日記 | Comments(0)

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